AI税務調査の本当のところ——元国税調査官が「選定の最適化」が意味することを解説
著者:市田佳祐(税理士・元大阪国税局 資料調査課)
「AIで税務調査が厳しくなる」「KSK2で逃げ場がなくなる」——そのような見出しの記事が、ここ1〜2年で急増しています。
実際、国税庁が令和7年12月に公表した「令和6事務年度 所得税及び消費税調査等の状況」では、AI活用による調査選定の効率化によって追徴税額が過去最高を更新したことが明らかにされました。
しかし、現場で長年調査事務に従事した立場から申し上げれば、ネット上に溢れる「AI税務調査」の情報は、センセーショナルに煽られているものと、本質を捉えたものが混在しています。
本稿では、大阪国税局・資料調査課出身の税理士として、また『税務弘報』2026年3月号(中央経済社)の所得税パートを執筆した立場から、AI税務調査の実態と、納税者・税理士が本当に押さえるべきポイントを解説します。
1. 国税庁が公式に認めた「AI活用」——公表資料から読み解く
(1) 追徴税額1,431億円——2年連続で過去最高を更新
まず、国税庁の公表資料が示す客観的な事実を確認します。
令和6事務年度(令和6年7月〜令和7年6月)における所得税の調査等の件数は73.6万件(対前年比121.7%)と大きく増加し、追徴税額は1,431億円(対前年比102.4%)と過去最高を更新しました。これは私が『税務弘報』2026年3月号の所得税パートを執筆する際に冒頭で強調した数字です。
国税庁はこの結果について、「選定にAIを活⽤するなど、効率的に調査を⾏った結果」と明確に説明しています(出所:国税庁「令和6事務年度 所得税及び消費税調査等の状況」2頁)。
つまり、AIの活用は国税庁が公式に認めている事実なのです。
(2) 調査件数は減少、しかし追徴税額は増加——「質への転換」
もう一つ重要な数字があります。
実地調査の件数は4.7万件(対前年比98.7%)と微減したものの、1件当たりの追徴税額は241万円(対前年比107.6%)と高水準を記録しました。
私が拙稿で指摘したのは、この数字が「当局がAI等を活用して『高額・悪質』事案への選定精度を高めている」ことを明確に示しているという点です。
つまり、AI活用の本質は「たくさんの人を調査する」ことではなく、「調査すべき対象を精度高く絞り込む」ことにあるのです。
2. 「AI税務調査」の誤解と実態
ここからが、元国税調査官として特に伝えたい内容です。
ネット上の記事の多くは、「AIがあなたの申告を見ている」「AIが税務調査を行う」という表現を使います。しかし、これは現場の実態とは異なります。
誤解① 「AIが税務調査を行う」——実際はAIは「入口」のみ
AIが実地調査を行うわけではありません。AIは調査対象の「選定」に活用されているのであり、調査そのもの(帳簿確認、取引先確認、質問応答記録書の作成など)は依然として調査官が人の手で行います。
この点は、私が『質問応答記録書のポイントと税理士の対応策』(税務研究会出版局、2025年)の第2章で詳述したとおりです。重加算税の賦課要件である「仮装隠蔽行為」の有無を判断するのは、AIではなく、現場の調査官です。そして、その判断過程で作成される質問応答記録書の記載内容こそが、後の課税処分・不服申立て・訴訟の結果を決します。
誤解② 「AIで何でも見られる」——実際はデータ化された情報に限定
AIが分析できるのは、国税当局のデータベース(現行のKSK、令和8年中に稼働予定のKSK2)に入っている情報だけです。具体的には、以下のような情報です。
- 過去の確定申告書の内容
- 法定調書(給与支払報告書、支払調書等)
- 国外送金等調書
- CRS(共通報告基準)による海外口座情報
- 法定外資料(プラットフォーマーからの資料情報等)
- 金融機関の取引履歴(調査時に照会)
これらの情報は確かに膨大ですが、「国民一人ひとりのすべてが丸裸」というほどのものではありません。ただし、KSK2の稼働により税目横断の分析が可能になることで、これまで見落とされていた不整合が検出されやすくなるのは事実です。
誤解③ 「AIで新しい着眼点が生まれる」——実際は従来の着眼点の高度化
弁護士ドットコムニュース(2025年12月25日)の記事で指摘されていたように、国税庁がAIで行っているのは「当たり前のことを、当たり前にデータで回し始めた」ことに過ぎません。
不動産や株式の譲渡所得、現金商売、海外投資、無申告者——これらは元々調査対象として重視されてきた領域です。AIはその選定をより精度高く、かつより効率的に行えるようにしたにすぎません。
逆に言えば、従来の調査の着眼点を理解していれば、AI時代でも本質的な対応は変わらないということです。
3. 税務弘報で指摘した「経験則からデータ活用への転換」
拙稿(『税務弘報』2026年3月号 所得税パート)では、AI活用を含む当局の事務運営の変化について、次の3点を今後のポイントとして挙げました。
ポイント① KSK2
令和8年中に導入予定のKSK2は、税務におけるデータ活用を重視して構築され、「データ中心の事務処理」や「課税・徴収の効率化・高度化」を推進する基盤となることが確実です(出所:国税庁「令和5年10月5日 全国国税局課税(第一・第二)部長(次長)会議資料」)。
これまでのKSKが税目ごとに情報を管理していたのに対し、KSK2は法人税・所得税・消費税・相続税といった複数税目を横断的に分析できる点に大きな特徴があります。
ポイント② 内部事務のセンター化
令和8事務年度には、全国の税務署で内部事務のセンター化が予定されています。センター化による効率化で確保した事務量は、「実地調査や徴収のほか、行政指導やデータ分析など、環境変化に適切に対応するための事務量に充てる」と明記されています(出所:前掲国税庁資料)。
つまり、AI活用・センター化で浮いた人的リソースが、より深度ある実地調査やデータ分析に回されることになります。
ポイント③ AI活用
現状のAI活用に加え、KSK2導入に伴い「データ活用を基軸とした選定」が標準化されることは間違いありません。
私は拙稿の中で、これら3点を踏まえ、当局がデータ活用に基づき納税者のコンプライアンスリスクの判定を精緻に行い、「実地調査」と「簡易な接触」を使い分けることで、より効率的に調査等を実施していくことが想定されると述べました。
4. AI時代に「調査対象として選ばれやすい」ケースとは
では、AI時代において実際にどのような事案が調査対象として選ばれやすくなるのでしょうか。現場の経験と公表資料から整理します。
(1) 税目横断で不整合がある事案
KSK2の特徴は、法人税・所得税・消費税・相続税の情報を横断的に照合できる点です。
具体的には、次のような不整合が検出されやすくなります。
- 法人の申告と代表者個人の確定申告の整合性(役員報酬・配当・貸付金等)
- 売上高と消費税課税売上高の整合性
- 相続税申告における被相続人の過去の所得と遺産総額の整合性
- 源泉徴収票と確定申告の整合性
これらは、従来の税務署では「担当が違うから気づかなかった」領域でした。KSK2の稼働により、こうした縦割りの制約が消えることになります。
(2) 無申告者
『税務弘報』の拙稿でも詳述しましたが、令和6事務年度の所得税無申告者に対する調査では、追徴税額が252億円(対前年比114.5%)と過去最高を更新しました。1件当たり追徴税額は524万円に達しています(出所:国税庁「令和6事務年度 所得税及び消費税調査等の状況」8頁)。
KSK2の導入により、過去の申告内容に基づく分析ができない無申告者についても、他の法定調書や資料情報との照合精度が格段に上がることが想定されます。
(3) インターネット取引を行っている個人
シェアリングエコノミー等新分野の取引(ネット通販、デジタルコンテンツ、シェアリングビジネス、ネット広告等)については、国税庁が「資料源開発が極めて有効に機能する分野」と位置づけています。
令和6事務年度のシェアエコ等取引の調査件数は1,155件、追徴税額は35億円となっており、1件当たり追徴税額は305万円(対前年比95.6%)の水準にあります。KSK2導入後は、プラットフォーマーからの資料情報とAI分析の組み合わせにより、無申告・過少申告の個人がさらに効率的に抽出されることが予想されます。
(4) 富裕層・海外投資を行う個人
令和6事務年度の富裕層に対する実地調査の1件当たり追徴税額は855万円、海外投資等を行っている富裕層に限れば1,595万円にも達しています(出所:国税庁「令和6事務年度 所得税及び消費税調査等の状況」5頁)。
国税局には、重点管理富裕層(SF)、上位富裕層(UF)、その他継続管理対象者という階層別の管理体制が整備されており、KSK2導入はこの富裕層管理の根幹をデータ面から強化する基盤となります。
5. 納税者・税理士が今からやるべき5つのこと
「AIで逃げ場がなくなる」と煽るのではなく、現実的にやるべきことを整理します。
① 「なぜその数字なのか」を説明できる状態を作る
AIが異常値を検知した際、調査官が問うのは「なぜこの科目なのか」「なぜこの金額なのか」という処理の根拠です。
日々の記帳段階で、大きな金額の変動や特殊な取引については、その理由をメモや資料として残しておくことが、最大の防御策になります。
② 税目横断の整合性を意識する
特に法人の代表者は、法人の申告と個人の確定申告の整合性を意識すべきです。役員報酬・役員貸付金・配当・不動産所得などは、法人申告との突合が容易に行えます。
顧問税理士が法人と個人の両方を見ている事務所であれば、この整合性チェックは自然に行われます。
③ 電子帳簿保存法への対応
KSK2はAI-OCRを活用し、紙の申告書もデータ化されます。企業側でも電子帳簿保存法に基づく電子保存を徹底し、調査時にデータで即時提示できる状態にしておくことで、調査対応の負担は大きく軽減されます。
④ 書面添付制度の活用
税理士法33条の2に基づく書面添付制度を活用すれば、実地調査の前に税理士への意見聴取が行われ、そこで疑問が解消されれば実地調査が省略される可能性があります。AI選定による調査リスクを下げる有効な手段の一つです。
⑤ 過去の申告に不安がある場合は自主的な是正
KSK2稼働後は、税目横断のデータ照合により過去の不整合が検出されやすくなります。もし現時点で過去の申告に不安がある方は、調査の通知が来る前に自主的な修正申告・期限後申告を検討すべきです。
拙著『質問応答記録書のポイントと税理士の対応策』でも詳述しましたが、事前通知後に納税者から自白があった場合には、臨場調査が実施される前に修正申告書を提出することも実務上の有力な選択肢です。重加算税の賦課を回避する余地が残されているため、自主的な修正申告は一考の価値があります。
6. 最後に——AI時代の本質は「当たり前を徹底すること」
本稿では、AI税務調査の実態を、国税庁の公表資料と私自身の執筆内容を踏まえて解説しました。
結論として強調したいのは、AI活用・KSK2稼働によって税務調査の着眼点そのものが根本的に変わるわけではないということです。変わるのは、選定の精度と速度です。
従来、現場で「怪しい」と感じられていた事案が、AIによって定量的に「異常値」として検出されるようになります。つまり、当たり前のことを当たり前にやっていれば、AI時代でも基本的な対応は変わりません。
ただし、一度AIに「異常値」として選定され、実地調査に至った場合は、従来よりも深度ある調査が展開される可能性が高まります。質問応答記録書の作成や重加算税の賦課要件に関する知識は、従来以上に重要性を増すでしょう。
私、市田佳祐は、大阪国税局・資料調査課で国際課税や富裕層に対する調査事務に従事してきた経験を基に、AI時代の税務調査対応・適正な申告体制の構築を支援しています。「AIで不安」と感じておられる方は、ぜひお気軽にご相談ください。
AI税務調査・KSK2対応でお困りの方へ
大阪国税局・資料調査課出身の税理士が、以下の案件に対応します。
- KSK2導入を見据えた申告体制の点検
- 税目横断の整合性チェック(法人・個人の申告の連動)
- 書面添付制度を活用した税務顧問
- 過去の申告に不安がある方の自主的是正サポート
- 税務調査の事前準備・立会い・交渉
初回相談無料。関西全域・オンラインで全国対応。
引用・参考文献
・国税庁「令和6事務年度 所得税及び消費税調査等の状況」(令和7年12月公表)
・国税庁「令和5年10月5日 全国国税局課税(第一・第二)部長(次長)会議資料」(開示請求による国税庁開示資料)
・市田佳祐「所得税——税務調査の傾向と対策〜令和8年以降の対応ポイントは」『税務弘報』2026年3月号(中央経済社)
・市田佳祐(共著)『質問応答記録書のポイントと税理士の対応策』(税務研究会出版局、2025年)
・和氣良浩弁護士インタビュー「富裕層は『隠すより◯◯せよ』AI導入で追徴税額『過去最高』」(弁護士ドットコムニュース、2025年12月25日)
著者:市田佳祐(いちだ けいすけ)
大阪国税局・資料調査課出身の税理士。市田税理士事務所代表。国際課税・富裕層調査の実務経験を活かし、税務調査対応・AI時代の適正申告体制構築・水商売・暗号資産・せどり等のインターネット取引に関する税務に対応。

