クリニック・歯科に税務調査は来る?|元国税調査官が自由診療と経費の注意点を解説
著者:市田佳祐(税理士・国税OB)
「クリニックを開業しているが、自分のところにも税務調査は来るのか」
「自由診療の収入は、どこまできちんとしておくべきか」
「概算経費(措置法26条)を使っているが、調査で問題にならないか」
開業医(クリニック・歯科医院)は、税務調査で問題になりやすい論点が多い立場にあります。所得が高額になりやすいうえ、保険診療と自由診療で収入の把握のされ方が異なり、高額な医療機器の減価償却や、医師に特有の概算経費(措置法26条)など、専門的な論点が多いためです。
そして、医療機関の調査にはこの業種ならではの「見られ方」があります。中でも重点になりやすいのが、医院側で管理・計上する部分が大きい自由診療の収入です。保険診療は支払基金等を通じて把握されやすいのに対し、自由診療はカルテ・予約・領収書・入金記録などとの整合性が確認されやすく、調査の重点になります。
この記事では、調査する側だった元国税調査官(国税OB)の立場から、医療機関の税務調査で調査官が重点的に確認するポイント、自由診療と概算経費の注意点、そして正しい備えを解説します。
この記事でわかること
- クリニック・歯科が税務調査で問題になりやすい理由
- 調査官が医療機関で重点的に確認するポイント(内側の視点)
- 保険診療と自由診療で、なぜ自由診療が重点になるのか
- 概算経費(措置法26条)・専従者給与・高額機器の注意点
1. クリニック・歯科は税務調査で問題になりやすい論点が多い
すべての納税者が均等に調査されるわけではありません。税務署は、限られた人員の中で、申告漏れの可能性が高いと見込まれる先に調査を集中させています。その中で、開業医は構造的に論点が多く、注目されやすい立場です。理由は次のとおりです。
- 所得が高額になりやすい:申告漏れがあれば追徴額も大きくなりやすく、富裕層として調査の対象になりやすい
- 保険診療と自由診療がある:収入の把握のされ方が異なり、特に自由診療は計上漏れが起きやすいとされる
- 高額な医療機器がある:減価償却の処理が複雑で、誤りが生じやすい
- 概算経費など特有の制度:医師に特有の制度があり、その適用の適否が論点になる
「保険診療が中心だから問題ない」とは限りません。むしろ、申告内容や収入の状況から申告漏れが見込まれれば、対象になります。調査がどう選ばれるかについては、次の記事で詳しく解説しています。
(関連記事:税務調査が来る確率は?どんな人に来るのか|元国税調査官が選ばれる基準を解説)
2. 調査官が医療機関で重点的に確認するポイント——内側の視点
医療機関の調査には、調査官が重点的に確認する定番のポイントがあります。資産家・高額所得者の調査の現場で見てきた経験から、重要な順に整理します。
(1) 自由診療の窓口収入・自費収入
医療機関の調査で重点になりやすいのが、自由診療の収入です。自由診療(自費診療)は、保険診療と違って医院側で管理・計上する部分が大きく、現金を含む窓口収入の計上漏れが起きやすいとされます。とくに、自由診療の割合が大きい診療科では、重点的に確認されます。詳しくは次章で説明します。
(2) 概算経費(措置法26条)の適用
社会保険診療報酬が一定額以下の場合に使える概算経費(措置法26条)について、その適用が適切かが確認されます。自由診療がある場合の経費の区分など、適用にあたっての処理が論点になります。第4章で説明します。
(3) 専従者・親族への給与
院長の配偶者や親族が、受付や経理などで医院を手伝っているケースは多くあります。その給与が、実際の勤務実態に見合ったものか、専従者給与の要件を満たしているかが確認されます。
(4) 高額な医療機器の減価償却
医療機器は高額になりやすく、減価償却の処理が複雑です。資産として正しく計上し、適切な耐用年数で償却しているか、一括で経費にしていないか、といった点が確認されます。
3. 保険診療と自由診療——なぜ自由診療が重点になるのか
(1) 保険診療は、把握されやすい
保険診療の収入は、患者の窓口負担分を除く大部分が、社会保険診療報酬支払基金や国民健康保険団体連合会(国保連)を通じて支払われます。これらの支払いは記録として残るため、税務署にとって、保険診療の収入は把握しやすいのです。保険診療の収入を実態より少なく申告することは、容易ではありません。もっとも、保険診療であっても、患者の窓口負担分は医院側で管理・計上すべき収入です。未収や免除がある場合を含め、窓口収入の処理が適切かは確認の対象になります。
(2) 自由診療は、医院側で管理する部分が大きい
一方、自由診療(自費診療)は、患者が窓口で全額を支払う収入であり、現金を含む窓口収入の管理状況が確認されやすい部分です。近年はカード決済・振込・医療ローン等もありますが、保険診療のように支払基金・国保連を通じて把握される部分とは異なり、医院側で自ら管理・計上する収入になります。美容関連の診療、自由診療の歯科(自費の被せ物・インプラントなど)、予防接種、健康診断、診断書の作成料など、自由診療に当たる収入は幅広くあります。
こうした自由診療の収入は、医院側の管理に委ねられる部分が大きく、計上漏れが起きやすいとされます。だからこそ、調査官は自由診療の収入に注目し、診療の記録(カルテ・予約)や領収書・入金記録と、申告された収入が整合するかを確認します。診療の実績からみて、自由診療の収入が不自然に少なくないかが見られるのです。
(関連記事:税務調査で通帳はどこまで見られる?|元国税調査官が個人口座・家族口座の扱いを解説)
(3) 自由診療収入の意図的な除外は、重加算税のリスク
自由診療収入の計上漏れは、その態様によって扱いが変わります。単なる記帳漏れであれば過少申告の問題ですが、自由診療の収入をことさら帳簿に載せず、意図的に除外していたと評価されれば、隠蔽・仮装として重加算税の対象になり得ます。
(関連記事:税務調査で「重加算税になる」と言われたら|判断基準と対応を解説)
4. 概算経費(措置法26条)の注意点
(1) 概算経費(措置法26条)とは
医業・歯科医業を営む個人には、社会保険診療報酬についての経費を、実額ではなく一定の率で計算できる特例(租税特別措置法26条)があります。実際にかかった経費が概算経費より少ない場合には、この特例を使うことで、所得を抑えられることがあるため、「医師の優遇税制」とも呼ばれます。
この特例を使えるのは、おおむね、その年の社会保険診療報酬が5,000万円以下で、かつ、医業・歯科医業から生じる収入金額が7,000万円以下の場合です。概算経費は、社会保険診療報酬の金額区分に応じて、72%、70%+50万円、62%+290万円、57%+490万円のいずれかの算式で計算します。
なお、ここでいう社会保険診療報酬には、支払基金・国保連等からの振込分だけでなく、患者からの窓口負担分も含めて判定する点に注意が必要です。また、この7,000万円の判定は、医師・歯科医師用の付表における「社会保険診療報酬」と「自由診療の収入等」を基本に判定し、同付表の「雑収入」欄に記載するものは判定に含めない扱いとされています。
(2) 自由診療がある場合の経費の区分
注意が必要なのが、自由診療の収入がある場合です。概算経費の特例は、あくまで社会保険診療報酬の部分についてのものです。自由診療の収入がある場合は、経費を、保険診療に対応する部分と自由診療に対応する部分に区分し、両方に関わる共通経費は合理的に按分する必要があります。
ここで、自由診療に対応する経費を実態より多く計上すれば、自由診療の所得を不当に圧縮できてしまいます。そのため、概算経費を使っている医院では、保険診療と自由診療の経費の区分・按分が適切かが、調査で確認されやすいポイントになります。
(3) 実額との有利・不利は個別に判断
概算経費は、実額の経費より多くなる場合に有利になりますが、賃料や人件費が多くかかっている医院などでは、実額の方が有利なこともあります。どちらを選ぶかは、その年の状況によって個別に判断するものです。なお、社会保険診療報酬が5,000万円を超える、または収入金額が7,000万円を超えると、この特例は使えません。
5. 専従者給与・高額機器・経費の注意点
(1) 専従者・親族への給与
院長と生計を一にする配偶者や親族が医院を手伝い、その対価を支払っている場合、原則としてその給与は必要経費になりません。ただし、青色申告であれば青色事業専従者給与の届出・支給額の相当性・専従要件を、白色申告であれば事業専従者控除の要件を満たしているかが確認されます。勤務の実態がないのに給与を支払っていたり、勤務実態に比べて高額すぎたりすると、否認されることがあります。
(2) 高額な医療機器の減価償却
医療機器は高額になりやすいため、その処理が確認されます。原則として、高額な機器は資産として計上し、法定耐用年数に応じて減価償却します。購入した年に一括で経費にできるわけではありません。なお、一定の要件を満たす機器については、特別償却や税額控除といった優遇制度が使える場合もあります。ただし、概算経費(措置法26条)を適用している場合は、社会保険診療報酬に対応する特別償却費等との関係で二重に必要経費にできない点など、制度間の関係も確認が必要です。
(3) 経費の妥当性
学会への参加費、書籍代、交際費などが、医業のために使われた妥当なものかが確認されます。私的な支出が混ざっていないか、家事関連費が適切に区分されているかが見られます。高額所得の医院ほど経費の金額も大きくなりやすいため、経費の中身は丁寧に確認される傾向があります。
6. 正しい備え
クリニック・歯科が税務調査に備えるために、やっておくべきことを整理します。
- 自由診療の収入の記録:現金を含む自由診療収入を、カルテ・予約・領収書・入金記録と整合する形で、もれなく計上する。日々の収入を正確に記録する。
- 保険診療と自由診療の経費の区分:概算経費を使う場合は、保険診療と自由診療の経費を区分し、共通経費の按分の根拠を残す。
- 専従者給与の実態の記録:親族への給与は、勤務実態が分かる記録を整え、支給額の根拠を説明できるようにする。
- 医療機器の資産管理:高額な機器は資産として計上し、減価償却の計算根拠を保管する。
- 不安があれば専門家へ:自由診療の処理や概算経費の適用に不安があれば、医業に詳しい税理士に相談する。
過去の申告に誤りの心当たりがある場合は、調査の連絡が来る前に自主的な修正申告を検討することで、加算税の負担を抑えられる可能性があります。
(関連記事:税務調査は何年分さかのぼる?|元国税調査官が3年・5年・7年の違いと決まり方を解説)
7. よくある質問
Q1. 保険診療が中心の医院でも、税務調査は来ますか?
来ることがあります。保険診療の収入は把握されやすいものの、自由診療の収入や、経費の処理、専従者給与など、確認されるポイントは保険診療以外にも多くあります。保険診療が中心だからといって、調査の対象外になるわけではありません。とくに所得が高額な医院は、富裕層として注目されやすい傾向があります。
Q2. 自由診療の収入は、どこまで把握されますか?
自由診療の収入そのものを直接見ることはできなくても、カルテや予約の記録、診療の実績、材料の仕入、領収書、入金記録などから、本来あるべき自由診療の収入は推測されます。これらと申告された収入が大きくずれていれば、計上漏れが疑われます。「現金だから分からない」とは限りません。
Q3. 概算経費(措置法26条)を使っていると、調査で不利になりますか?
概算経費の適用そのものが不利になるわけではありません。要件を満たして適切に適用していれば、問題はありません。ただし、自由診療がある場合の経費の区分・按分が適切でないと、その点が指摘されることがあります。要件(社会保険診療報酬5,000万円以下、収入金額7,000万円以下など)を満たしているか、経費の区分が適切かを確認しておくことが大切です。
Q4. 院長の家族に支払う給与は、どこまで認められますか?
院長と生計を一にする家族に支払う給与については、勤務の実態があり、支給額がその勤務内容に見合っていることが必要です。青色申告であれば青色事業専従者給与の届出と要件、白色申告であれば事業専従者控除の要件を満たしている必要があります。勤務実態がないのに給与を支払っていたり、実態に比べて高額すぎたりすると、否認の対象になります。勤務実態が分かる記録を残しておくことが大切です。
Q5. 医療法人の場合は、個人開業医と何が違いますか?
医療法人の場合も、自由診療の収入や経費の処理が確認される点は共通しますが、役員報酬や、法人と理事長個人との間の取引など、法人特有の論点が加わります。なお、社会保険診療報酬の概算経費の特例は、個人の場合は措置法26条、医療法人の場合は措置法67条という別の規定によります。医療法人には、法人ならではの確認ポイントがあると考えておくとよいでしょう。
8. まとめ——自由診療の記録と経費の区分が要
クリニック・歯科は、所得が高額になりやすく、保険診療と自由診療で収入の把握のされ方が異なるため、税務調査で問題になりやすい論点が多い業種です。調査官が重点的に確認するのは、自由診療の窓口収入・自費診療収入、概算経費(措置法26条)の適用、専従者給与、そして高額な医療機器の減価償却です。
中でも、把握されやすい保険診療に対し、自由診療は医院側で管理・計上する部分が大きく、現金売上を含む収入の計上漏れが起きやすいため、調査の重点になりやすい部分です。だからこそ、自由診療の収入をカルテ・予約・領収書・入金記録と整合する形でもれなく計上し、概算経費を使う場合は保険診療と自由診療の経費を適切に区分しておくことが、最大の備えになります。
「自由診療の収入の処理は大丈夫か」「概算経費の適用が適切か不安だ」という方は、調査の連絡が来る前の今の段階でご相談ください。
クリニック・歯科の税務調査でお困りの方へ
以下のような状況の方は、できるだけ早くご相談ください。
- 自由診療収入、特に現金売上の処理に心当たりがある
- 概算経費(措置法26条)の適用が適切か確認したい
- 保険診療と自由診療の経費の区分に不安がある
- 専従者給与や高額機器の処理に不安がある
- すでに税務調査の連絡が来ている
国税OB(元大阪国税局)の税理士が、自由診療・経費の点検、概算経費の確認、調査前の自主的な見直し、調査当日の立会いについて、当局側の視点も踏まえてサポートします。資料調査課で高額所得者・資産家の調査に携わった経験から、医療機関特有の論点を踏まえた対応が可能です。
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引用・参考文献
・租税特別措置法26条(社会保険診療報酬の所得計算の特例)、同67条(医療法人)
・所得税法27条(事業所得)、37条(必要経費)、49条(減価償却)
・国税庁「社会保険診療報酬の所得計算の特例」関係資料、青色申告決算書付表《医師及び歯科医師用》
・国税庁「税務調査手続に関するFAQ(一般納税者向け)」
・市田佳祐(共著)『質問応答記録書のポイントと税理士の対応策』(税務研究会出版局、2025年12月)
・市田佳祐「所得税 接触方法を見極めた上で対応の検討を」『税務弘報』2026年3月号(中央経済社)

