富裕層に税務調査は来る?|元国税局・資料調査課OBが選ばれ方と対策を解説
著者:市田佳祐(元大阪国税局 国税OB税理士)
「海外の口座や投資まで、日本の税務署に分かるものなのだろうか」
「資産管理会社や家族名義に分けているが、申告はこのままでよいのか」
「顧問税理士はいるが、富裕層の税務調査に詳しいわけではなく不安だ」
金融資産や不動産をお持ちの方、海外に資産や投資のある方から、このようなご相談をいただくことがあります。富裕層への税務調査は、一般的な調査とは前提が異なります。所得の申告書を見て終わりではなく、保有資産・関係法人・ご家族までを一体で捉えた情報の蓄積のうえで行われるからです。
この記事では、大阪国税局の資料調査課で国際課税・富裕層に対する調査事務に従事していた税理士が、富裕層調査の選ばれ方、海外資産がどう把握されるか、指摘されやすい論点と備えを解説します。
結論:富裕層調査は「選ばれてから来る」。資産の全体像の整理が最善の備え
先に結論をお伝えします。富裕層への税務調査は行われており、国税庁の統計では1件当たりの申告漏れ所得金額が全体の2.3倍という深度の高い調査になっています。海外の口座や投資も、CRS(共通報告基準)による各国税務当局との情報交換などにより把握される時代です。対象は資産・所得・資料情報の分析を経て選ばれるため、連絡が来た時点で相応の検討が済んでいると考えるのが安全です。備えの基本は、資産の全体像(国内外の資産、関係法人、家族への資金の流れ)を自分自身で整理し、申告と整合させておくこと。すでに連絡が来ている方や申告に不安がある方は、富裕層調査の対応経験がある税理士に早めに相談することをおすすめします。
この記事でわかること
- 富裕層調査の最新状況(令和6事務年度統計)と、調査対象の選ばれ方
- 海外口座・海外資産が把握される仕組み(CRS・国外送金等調書・国外財産調書)
- 指摘されやすい論点(海外投資・同族取引・相続との接点)と正しい備え
1. 富裕層にも税務調査は来るのか:最新統計から
国税庁は、有価証券・不動産などの大口所有者や経常的に所得が高額な個人などを「富裕層」と位置づけ、重点的に調査を行っています。国税庁「令和6事務年度 所得税及び消費税調査等の状況」(令和7年12月公表)によると、富裕層に対する実地調査(特別・一般)は2,427件実施され、1件当たりの申告漏れ所得金額は3,449万円と、所得税の実地調査(特別・一般)全体の1,486万円に比べ2.3倍に上ります。申告漏れ所得金額の総額は837億円(前事務年度655億円)と大きく増加しました。
とくに、海外投資等を行っている富裕層に対する調査では、1件当たりの追徴税額が1,595万円と、実地調査全体の299万円と比べて突出しています。海外に資産や投資のある方ほど、深度の高い調査の対象になりやすい状況が統計にも表れています。
2. 調査官はどうやって富裕層を「選ぶ」のか:元国税調査官の視点
私が大阪国税局の資料調査課(国税局で大口事案・悪質事案を担当する部署。通称「料調」)で国際課税・富裕層に対する調査事務に従事していた経験から言えば、富裕層の調査は、その年の申告書だけを見て決まるものではありません。国税当局は、保有資産の状況、関係する法人、ご家族への資金の流れまでを一体で捉える管理の枠組み(いわゆる重点管理富裕層のプロジェクトチームが各国税局に置かれていることは、報道等でも広く知られています)を持ち、複数年にわたって資料情報を蓄積したうえで、調査に着手する事案を選んでいます。
具体的には、次のような情報が組み合わされます。
- 法定調書:株式等の譲渡の対価等に関する支払調書、配当等の支払調書、不動産の譲渡対価の支払調書、国外送金等調書(100万円超の海外送金・受金)など
- 本人が提出する調書:国外財産調書、財産債務調書
- 海外からの情報:CRSによる金融口座情報の自動的な交換、租税条約に基づく情報交換
- 関係法人・家族の申告や取引:同族会社の申告書・株主の異動、家族名義の口座や資産の動き(関連記事:税務調査と通帳)
つまり、富裕層調査は「選ばれてから来る」調査です。連絡が来た時点で、資産の全体像について相応の検討が済んでいると考えて対応するのが、初動の判断を誤らないための出発点になります。
3. 海外の資産はこう把握される:CRS・調書の仕組み
「海外の口座までは分からないだろう」という認識は、すでに実務と大きくずれています。平成30年から、日本はCRS(共通報告基準)に基づき、多数の国・地域の税務当局との間で金融口座情報を自動的に交換しています。CRS参加国・地域の国外金融機関にある日本居住者の報告対象口座について、残高や利子・配当等の情報が、各国税務当局を通じて国税当局に提供される仕組みです。
これに加えて、100万円を超える国外への送金・国外からの受金は国外送金等調書として金融機関から税務署に提出され、合計5,000万円を超える国外財産を保有する居住者(非永住者を除きます)には、国外財産調書の提出義務があります。海外資産は、複数のルートから立体的に把握される構造になっているのです。
4. 指摘されやすい論点①:海外口座・海外投資の申告漏れ
富裕層調査で最も多い指摘が、海外資産に関するものです。海外口座の利子・配当、海外の証券口座での譲渡益、海外不動産の賃料や売却益は、国外で生じた所得であっても、非永住者以外の日本の居住者であれば、原則として日本で申告が必要です(全世界所得課税)。なお、非永住者に該当する方は課税範囲が異なるため、居住者区分を含めて個別に確認する必要があります。現地で税金が引かれていても申告不要にはならず、外国税額控除で調整するのが正しい形です。
なお、国外財産調書には申告漏れへの影響もあります。調書を期限内に提出していれば、記載された国外財産に関する申告漏れの過少申告加算税等が5%軽減される一方、不提出や記載漏れの場合には5%加重されます。調書の提出状況は、調査の際に真っ先に確認される項目の一つです(関連記事:国外財産調書の未提出と税務調査)。
5. 指摘されやすい論点②:金融資産・不動産・同族取引
国内側では、上場株式・投資信託の譲渡や配当の申告区分の誤り、不動産の譲渡所得(取得費・特例適用の誤り)、金地金の売却などが定番の論点です。加えて富裕層に特有なのが、資産管理会社など同族法人との取引です。役員報酬や地代家賃の設定、法人への資産の譲渡価額、法人からの貸付や経費負担が適正か、個人と法人の両面から確認されます。個人の調査が関係法人の調査に広がる(またはその逆)ことも珍しくありません。
6. 指摘されやすい論点③:相続・贈与との接点
富裕層の所得税調査は、将来の相続税の適正課税に向けた情報の蓄積という側面も持っています。家族名義の口座や証券口座への資金移動は、生前贈与として贈与税の問題になるか、名義だけ家族で実質は本人の財産(いわゆる名義預金)として将来の相続財産になるか、いずれにしても記録が残ります(関連記事:名義預金)。「今回の調査で終わり」ではなく、資産の記録は次の課税機会まで引き継がれる。この時間軸の長さが、富裕層調査を他の調査と分ける特徴です。
7. 富裕層の調査はどう進むか:資料調査課が登場する場合
富裕層への調査は税務署が行うこともありますが、規模が大きい事案、国際取引が絡む複雑な事案では、国税局(資料調査課など)が直接調査を行うことがあります。国税局の調査は、複数の調査官によるチーム体制、深い事前検討、長めの調査期間という点で税務署の一般的な調査と異なり、事案の内容によっては無予告で始まることもあります。国税局からの連絡や来訪があった場合の違いと対応は、別記事で詳しく解説しています(関連記事:国税局から税務調査の連絡が来たら|税務署の調査との違いを元資料調査課OBが解説)。
対象期間についても、法律上は更正・決定の期間制限として原則5年があり、偽りその他不正の行為があると判断されれば最長7年分まで及ぶことがあります(国税通則法第70条。関連記事:税務調査は何年分さかのぼる?|元国税調査官が3年・5年・7年の違いと決まり方を解説)。海外資産が絡む事案では、資料の収集に時間を要するぶん、調査自体も長丁場になる傾向があります。
8. 調査の連絡が来たときの対応
連絡または来訪があったら、まず対象税目と期間を正確に控え、国内外の資産一覧(口座・証券・不動産・法人持分)、過去の申告書、国外財産調書・財産債務調書の控え、大きな資金移動の記録を整理してください。把握されている前提で、事実を正確に説明できる状態を作ることが最優先です。その場しのぎの説明や資料の隠匿は、仮装・隠蔽と評価されれば重加算税(原則として、過少申告の場合35%、無申告の場合40%)や7年遡及につながるおそれがあり、最も避けるべき行動です。
また、調査の過程では、説明内容を書面にした「質問応答記録書」が作成されることがあります。私が共著した『質問応答記録書のポイントと税理士の対応策』(税務研究会出版局、2025年12月)でも詳述していますが、この書類は仮装・隠蔽の立証に用いられる重要な証拠書類です。海外資産や家族名義の資金の経緯は説明の仕方で印象が大きく変わるため、記載内容が事実と食い違っていないかを確認したうえで署名し、早い段階から専門家と方針を整えて臨むことをおすすめします。
9. よくある誤解と正しい備え
最後に、富裕層調査についてよくある誤解を整理します。第一に、「海外に置けば分からない」は成り立ちません。CRS・調書・送金記録の組み合わせで、海外資産はむしろ記録の残りやすい資産になっています。第二に、「家族名義に分ければ大丈夫」も逆効果です。名義の分散は贈与税・名義預金の論点を生み、資金の流れ自体が資料として蓄積されます。第三に、「調査が来てから考えればよい」は最も高くつきます。選ばれてから来る調査である以上、日頃から資産の全体像と申告の整合を確認し、判断に迷う取引は事前に専門家へ相談しておくことが、結果として最も負担の少ない備えになります。
よくある質問
Q1. 「富裕層」とは、具体的にどのような人が対象になるのですか?
A. 国税庁は、有価証券・不動産などの大口所有者や、経常的に所得が高額な個人などを富裕層と位置づけています。金融資産の明確な金額基準が公表されているわけではなく、資産規模・所得水準・取引の複雑さなどを踏まえて管理・選定されていると考えられます。海外に資産や投資のある方は、規模にかかわらず把握の対象になりやすい傾向があります。
Q2. 海外の銀行口座や証券口座は、本当に日本の税務署に分かるのですか?
A. 分かる仕組みがあります。日本はCRS(共通報告基準)により、多数の国・地域の税務当局との間で金融口座情報を自動的に交換しており、CRS参加国・地域の国外金融機関にある日本居住者の報告対象口座について、残高や利子・配当等の情報が、各国税務当局を通じて提供されています。加えて、100万円超の国外送金・受金は国外送金等調書として金融機関から税務署に報告されます。「海外だから分からない」という前提は、実務と大きくずれています。
Q3. 国外財産調書を出していません。どうなりますか?
A. 合計5,000万円を超える国外財産を保有する居住者(非永住者を除きます)には提出義務があります。不提出や記載漏れの状態で国外財産に関する申告漏れが指摘されると、過少申告加算税等が5%加重されます。逆に期限内に提出していれば5%軽減されるため、提出状況の整理は富裕層調査への備えの基本です。未提出の場合は、今からでも提出と申告の整理を税理士に相談することをおすすめします。
Q4. 資産管理会社や海外法人を使っていれば、把握されにくいのではないですか?
A. むしろ逆です。同族法人の申告書や株主の異動、法人と個人の間の資金の流れは資料として蓄積され、個人と法人を一体で捉える管理の対象になります。法人を使うこと自体は正当な選択ですが、役員報酬や取引価額の設定が適正であることを説明できる状態にしておくことが重要です。
Q5. 調査の連絡が来ました。何から準備すればよいですか?
A. まず通知の対象税目・期間を正確に控え、国内外の資産一覧、過去の申告書、国外財産調書等の控え、大きな資金移動の記録を整理してください。そのうえで、説明に迷う取引(海外投資の経緯、家族への資金移動など)を洗い出し、調査対応の経験がある税理士と方針を決めてから調査に臨むことをおすすめします。
Q6. 国税局(資料調査課)から連絡が来ました。顧問税理士とは別に依頼できますか?
A. 可能です。顧問契約はそのままで、国税局対応に限った立会いやセカンドオピニオンをスポットでお受けしています。富裕層・国際課税の調査は進め方に固有の実務があるため、調査を行う側にいた経験を踏まえて、指摘の見通しと対応方針の整理をお手伝いします。
まとめ:選ばれてから来る調査には、資産の棚卸で備える
富裕層への税務調査は、資産・関係法人・家族を一体で捉えた情報の蓄積を前提に、選ばれてから来る調査です。令和6事務年度の統計では、1件当たりの申告漏れ所得金額が全体の2.3倍、海外投資等を行う富裕層では1件当たりの追徴税額が1,595万円に達しています。CRSと各種調書により、海外資産はむしろ記録の残りやすい資産になりました。
備えの本質はシンプルです。国内外の資産の全体像を自分で棚卸しし、申告との整合を確認し、説明に迷う取引は事前に専門家へ相談しておくこと。すでに調査の連絡や来訪を受けた方、申告に不安のある方は、富裕層・国際課税の調査に従事した経験のある税理士へ早めにご相談ください。
税務調査の連絡が来た方、申告に不安がある方へ
当事務所は、元大阪国税局の国税OBの税理士が対応します。ご依頼内容に応じて、当事務所で対応するほか、必要に応じて外部専門家との連携も検討し、状況に応じた適切な対応を提供します。
顧問契約・税務調査に関する初回相談は無料です。ただし、個別具体的な税務判断、セカンドオピニオン等はスポット相談として有料にて承ります。関西全域・オンラインで全国対応。
富裕層・海外資産の調査に限らず、大阪で税務調査の連絡が来てお困りの方は、対応の流れや料金をまとめた「大阪の税務調査に強い国税OB税理士」のページもあわせてご覧ください。
引用・参考文献
- 国税庁「令和6事務年度 所得税及び消費税調査等の状況」(令和7年12月公表)
https://www.nta.go.jp/information/release/kokuzeicho/2025/shotoku_shohi/index.htm - 国税庁「CRS情報(共通報告基準に基づく非居住者金融口座情報)の自動的情報交換」に関する公表資料
- 内国税の適正な課税の確保を図るための国外送金等に係る調書の提出等に関する法律(国外送金等調書・国外財産調書・加算税の特例)
- 国税庁タックスアンサーNo.7456(国外財産調書の提出義務)、No.7457(財産債務調書の提出義務)
- 国税通則法第70条(国税の更正、決定等の期間制限)
- 市田佳祐ほか『質問応答記録書のポイントと税理士の対応策』(税務研究会出版局、2025年12月)
この記事を書いた人
市田佳祐(いちだ けいすけ)
税理士。市田税理士事務所代表(大阪市)。平成23年に大阪国税局入局後、令和5年6月まで国税職員として勤務し、同年8月に税理士登録(登録番号151935、近畿税理士会所属)。大阪国税局では資料調査課にて国際課税や富裕層に対する調査事務に従事したほか、総務課、個人課税課において税務行政に関する事務に従事。1級FP技能士。
共著に『質問応答記録書のポイントと税理士の対応策』(税務研究会出版局、2025年12月)、『税務弘報』2026年3月号(中央経済社)に寄稿。

