M&Aの売却益とミニマムタックス|株式譲渡の追加課税を元国税調査官が解説

著者:市田佳祐(税理士・元国税調査官)

「会社の売却を検討している。税金は譲渡益の20%と聞いていたが、それで全部なのか」
「ミニマムタックスという言葉を聞いたが、自分に関係あるのか分からない」
「売却の時期を今年にするか来年にするかで、税負担が変わると言われた」

M&Aで会社を売却したときの税金は、長らく「株式の譲渡益に対して約20%」というシンプルな世界でした。この前提を変えたのが、令和5年度税制改正で創設されたミニマムタックス(政策上の呼称は「極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置」、租税特別措置法上の制度名は「特定の基準所得金額の課税の特例」です)です。令和7年分の所得から適用が始まり、さらに令和8年度税制改正により大幅に強化されます。会社売却のような大きな譲渡益に対して、従来の税率を超える追加の所得税が生じる場合があります。

この記事では、大阪国税局で富裕層に対する調査事務に従事していた税理士が、ミニマムタックスの仕組み、M&A・株式売却への影響、令和9年分からの強化内容、そして売却の時期を考えるうえでの注意点を解説します。

結論:売却益がおおむね数億円を超えるなら、ミニマムタックスの試算なしに売却時期を決めるべきではない

先に結論をお伝えします。現行制度(令和7年分・令和8年分)では、他に所得がない単純な前提で、株式の譲渡益がおおむね10億円を超えると追加課税が生じ得ます。これが令和9年分以後は強化され、同じ前提でおおむね3.4億円以上の譲渡益から影響し得る水準に変わります。中堅規模のM&Aでも射程に入る変化です。譲渡がどの年分の所得になるかは契約や引渡しの態様によって決まるため、売却時期の判断は、ミニマムタックスの試算とセットで行う必要があります。

この記事でわかること

  • ミニマムタックスの計算の仕組みと、なぜM&Aの売却益で問題になるのか
  • 令和9年分からの強化(控除3.3億円→1.65億円・税率22.5%→30%)による影響の変化
  • 大口の株式譲渡が税務署にどう把握されるかと、売却後の調査・お尋ねへの備え(★内側視点)

1. ミニマムタックスとは:一定水準を下回る税負担に「最低ライン」を設ける仕組み

ミニマムタックスは、その年の所得が極めて高い水準にある個人について、所得税の負担に最低ラインを設ける制度です(租税特別措置法第41条の19)。計算はシンプルで、次の2つを比べます。

①通常の方法で計算したその年分の所得税額等(基準所得税額)。②基準所得金額から3億3,000万円を控除した残額に22.5%を乗じた金額。②が①を超える場合、その差額を追加で申告・納税します。基準所得税額には、通常の方法で計算した所得税額のほか、復興特別所得税や、確定申告不要制度を適用した所得に係る源泉徴収税額が含まれます。基準所得金額は、総所得金額に、株式や土地の譲渡所得など分離課税の所得を合計したもので、申告不要制度を選択できる上場株式等の配当や譲渡所得も含めて計算します。一方、NISA口座の非課税所得や、一定の源泉分離課税の所得などは含まれません。なお、この制度は所得税のみの措置で、住民税に同様の追加課税はありません。令和7年分の所得から適用が始まっており、令和8年3月期限の確定申告が最初の適用でした。

2. なぜM&Aの売却益で問題になるのか:「約20%で完結」の前提が崩れる

給与や事業の所得には最高45%(住民税と合わせ約55%)の累進税率が適用される一方、株式の譲渡益は申告分離課税で、所得税15%・住民税5%(別途、復興特別所得税)と、金額がどれだけ大きくても税率が一定です。所得が1億円を超えるあたりから金融所得の比率が高まり、所得全体に対する税負担率がむしろ下がっていく。いわゆる「1億円の壁」として知られてきた現象で、ミニマムタックスはこの逆転を是正するために設けられました。

M&Aによる会社売却は、この構図の典型です。創業者が非上場株式を売却して数億円から数十億円の譲渡益を得た場合でも、従来は、所得税15%に復興特別所得税を加えた15.315%と住民税5%の合計20.315%による申告分離課税が基本でした。ミニマムタックスの導入により、譲渡益が大きい年は、通常の申告分離課税による税負担に加えて、追加の所得税が生じ得ることになったのです。イメージとして、他に所得がなく所得控除等を考慮しない単純な前提では、譲渡益10億円に対する通常の所得税及び復興特別所得税は10億円×15.315%=1億5,315万円です。これに対し、ミニマムタックスによる最低負担額は(10億円−3.3億円)×22.5%=1億5,075万円で、この場合は通常の税額の方が上回るため追加課税は生じません。現行制度では、株式譲渡益だけがある単純な前提の場合、おおむね10億円を超える規模から追加課税が生じる可能性があります。

3. 令和9年分からの強化:控除1.65億円・税率30%へ

状況を大きく変えるのが、令和8年度税制改正による見直しです。令和9年分以後の所得税については、②の計算が「基準所得金額から1億6,500万円を控除した残額×30%」に強化されます。控除額が半分になり、税率が上がることで、追加課税の水準は一変します。

先ほどと同じ単純な前提で比べると、譲渡益10億円の場合、現行では追加課税が生じないのに対し、強化後は(10億円−1.65億円)×30%=2億5,050万円となり、通常の所得税等1億5,315万円との差額約9,700万円が追加になります。また、追加課税が生じ始める水準も、株式譲渡益だけがある単純な前提で、現行のおおむね10億円超から、強化後はおおむね3.4億円以上へと大きく下がります(実際には他の所得や所得控除の状況によって変わります)。数億円規模の売却、つまり中堅・中小企業のM&Aや事業承継型の売却でも、ミニマムタックスが現実の論点になるということです。

4. 自分は対象になるのか:ざっくりした目安と、含まれない所得

対象になるかの厳密な判定は基準所得金額の計算によりますが、目安として、給与・不動産などの他の所得が大きくない方であれば、株式や不動産の譲渡益の合計が、現行制度ではおおむね10億円超、令和9年分以後はおおむね3.4億円以上かどうかが一つのラインです。令和9年分以後の強化により、追加課税の対象となる方の範囲は現行より広がります。基準所得金額には、申告不要を選択した上場株式等の配当・譲渡所得も含めて計算する点、逆にNISAの非課税所得などは含まれない点が実務上のポイントです。判定に迷う規模の譲渡を予定している場合は、売却前に試算しておくことをおすすめします。

5. 大口の株式譲渡はどう把握されるか:元調査官の視点

私が大阪国税局で富裕層に対する調査事務に従事していた経験から言えば、大口の株式譲渡は、本人が申告する前から資料面で把握されやすい取引でした。一定の株式譲渡については、譲渡対価を支払う法人や金融商品取引業者等から、支払調書などの法定調書が税務署に提出されます。M&Aであれば、買い手側の法人の帳簿にも取得の記録が残り、買い手側への調査からも売却の事実と金額はたどれます。さらに、売却後の資金移動についても、税務調査では、預金取引、登記情報、法定調書、国外送金等調書などを通じて確認されることがあります(税務調査で通帳はどこまで見られる?)。

つまり、M&Aの売却益は「申告しなければ分からない」類のお金ではありません。論点はむしろ、譲渡所得の計算(取得費・譲渡費用)、年分の判定、そしてミニマムタックスの計算を正確に行えているかに移ります。売却後に親族へ資金を動かせば贈与税の論点が生じ、富裕層への調査全般の視点は富裕層に税務調査は来る?の記事で解説しています。

6. 申告実務の注意点:基準所得金額の集計を誤らない

ミニマムタックスの申告で間違いやすいのは、基準所得金額の集計です。第1に、申告不要制度を選択した上場株式等の配当や譲渡所得も、基準所得金額には含めて計算します。「申告しない所得だから関係ない」とはならない点に注意してください。第2に、譲渡所得の計算そのものの正確性です。非上場株式の取得費(設立時の出資額・増資・相続や贈与で取得した場合の引継ぎ)や、株式の譲渡のために直接要した仲介手数料等の譲渡費用の集計を誤ると、譲渡益も追加課税額も連動して誤ります。第3に、適用の有無と追加税額は、国税庁の「特定の基準所得金額の課税の特例に関する適用判定表兼税額計算書」を使用して計算します。対象になり得る規模の方は、計算過程を残しながら申告することが大切です。

7. 売却の時期と年分:契約と引渡しの態様で決まる

強化の前後で税負担が大きく変わるため、「令和8年中に売却すれば現行制度、令和9年以後なら強化後」という時期の判断が重要になります。ここで注意したいのは、株式の譲渡益がどの年分の所得になるかは、代金の入金日ではなく、原則として株式の引渡しがあった日を基準とするという点です。ただし、納税者が株式の譲渡に関する契約の効力発生日を基準として申告した場合には、その処理も認められます。M&Aでは、株式譲渡契約の締結からクロージング(株式と代金の受渡し)まで数か月かかることが珍しくありません。年末をまたぐ案件では、契約締結日・契約の効力発生日・株式の引渡日を確認し、どの年分の所得として申告するかを事前に検討する必要があります。「年内に契約を締結したから強化前の税制が適用される」と単純に判断することはできません。なお、税負担だけを目的に取引の実態と異なる日付を作出することは、当然に認められません。

8. 売却後の「お尋ね」・税務調査への備え

大口の譲渡があった年の申告後は、税務署から申告内容の確認や、資金の使途に関する文書(お尋ね)が届くことがあります(税務署から「お尋ね」が届いたら)。備えの基本は資料です。株式譲渡契約書、クロージング関係書類、取得費の根拠資料(出資・増資・相続関係書類)、仲介手数料等の請求書、代金の入金と使途が分かる記録を、年分ごとに保存してください。申告に誤りが見つかった場合、更正・決定の期間は原則として法定申告期限から5年です(税務調査は何年分さかのぼる?)。金額が大きいだけに、誤りがあった場合の加算税・延滞税も大きくなります。売却前の試算と、申告時の丁寧な計算が、結局は最も安上がりな対策です。

よくある質問

Q1. ミニマムタックスは誰に関係する制度ですか?

A. その年の所得が極めて高い水準にある個人が対象です。目安として、給与など他の所得が大きくない場合、株式や不動産の譲渡益の合計が、現行制度ではおおむね10億円超、令和9年分以後はおおむね3.4億円以上で影響し得ます(他の所得や控除の状況で変わります)。M&Aでの会社売却は典型的な該当場面です。

Q2. 会社を5億円で売却する予定です。対象になりますか?

A. 譲渡益(売却額から取得費・譲渡費用を差し引いた金額)とその年の他の所得によります。株式譲渡益だけがある単純な前提では、現行制度(令和8年分まで)では追加課税は生じませんが、令和9年分以後の強化後は、譲渡益がおおむね3.4億円以上になると追加課税が生じ得ます。売却時期の判断に直結するため、事前の試算をおすすめします。

Q3. 令和9年分からは何が変わるのですか?

A. 追加課税の計算が、現行の「(基準所得金額−3.3億円)×22.5%」から「(基準所得金額−1.65億円)×30%」に強化されます。控除額が半分になり税率が上がるため、追加課税が生じ始める水準が大きく下がり、追加額も増えます。

Q4. 住民税や法人にも同じような課税がありますか?

A. ミニマムタックスは個人の所得税のみの措置で、住民税に同様の追加課税はありません。なお、大企業グループを対象とする「グローバル・ミニマム課税」という法人税の国際的な制度がありますが、名前は似ていても個人のミニマムタックスとは別の制度です。

Q5. 売却の時期を年内にすれば、強化前の税制が適用されますか?

A. 譲渡益がどの年分の所得になるかは、原則として株式の引渡しがあった日を基準とします(納税者が契約の効力発生日を基準として申告した場合には、その処理も認められます)。契約からクロージングまで期間が空くM&Aでは、契約締結日・効力発生日・引渡日を確認しないと年分は判定できません。スケジュールと契約条件を含めて事前に税理士に確認してください。

Q6. 売却後に税務調査は来るのでしょうか?

A. 大口の株式譲渡は支払調書などの法定調書で税務署に把握されやすく、申告後に内容確認のお尋ねや調査が行われることがあります。譲渡契約書・取得費の根拠資料・費用の請求書・資金の入出金記録を保存し、取得費や年分の判定を正確に申告していれば、確認にも説明できます。

まとめ:売却額の交渉と同じ熱量で、税金の試算を

M&Aの世界では、売却額を1円でも高くする交渉には大きなエネルギーが注がれます。一方で、手取り額を左右する税金の試算は、後回しにされがちです。ミニマムタックスの導入と強化によって、売却の時期と年分の判定が、数千万円から億円単位の差を生む時代になりました。売却益が数億円を超える見込みがあるなら、譲渡契約の前にミニマムタックスを含めた試算を行い、契約条件・クロージング時期・売却後の資金計画までを一体で設計してください。売却後にできることより、売却前にできることの方が、はるかに多いのです。

M&A・株式売却の税負担の試算や売却後の申告・調査対応に不安がある方は、富裕層や大口譲渡の調査対応に慣れた税理士にご相談ください。

税務調査の連絡が来た方、申告に不安がある方へ

当事務所は、元大阪国税局・資料調査課OBの税理士が対応します。ご依頼内容に応じて、当事務所で対応するほか、必要に応じて外部専門家との連携も検討し、状況に応じた適切な対応を提供します。
顧問契約・税務調査に関する初回相談は無料です。ただし、個別具体的な税務判断、セカンドオピニオン等はスポット相談として有料にて承ります。関西全域・オンラインで全国対応。

お問い合わせはこちら

M&A・株式売却に限らず、大阪で税務調査の連絡が来てお困りの方は、対応の流れや料金をまとめた「大阪の税務調査に強い国税OB税理士」のページもあわせてご覧ください。

引用・参考文献

  • 租税特別措置法第41条の19(特定の基準所得金額の課税の特例)
  • 令和5年度税制改正(同措置の創設・令和7年分以後の所得税に適用)、令和8年度税制改正(控除額・税率の見直し)
  • 国税庁タックスアンサー(株式等の譲渡所得の課税、上場株式等の配当・譲渡の申告不要制度)
  • 所得税法第225条ほか(支払調書等の法定調書)、内国税の適正な課税の確保を図るための国外送金等に係る調書の提出等に関する法律(国外送金等調書)
  • 国税通則法第65条(過少申告加算税)、第70条(更正・決定の期間制限)
  • 市田佳祐ほか『質問応答記録書のポイントと税理士の対応策』(税務研究会出版局、2025年12月)

この記事を書いた人

市田佳祐(いちだ けいすけ)
税理士。市田税理士事務所代表(大阪市)。平成23年に大阪国税局入局後、令和5年6月まで国税職員として勤務し、同年8月に税理士登録(登録番号151935、近畿税理士会所属)。大阪国税局では資料調査課にて国際課税や富裕層に対する調査事務に従事したほか、総務課、個人課税課において税務行政に関する事務に従事。1級FP技能士。
共著に『質問応答記録書のポイントと税理士の対応策』(税務研究会出版局、2025年12月)、『税務弘報』2026年3月号(中央経済社)に寄稿。